防災特別委員会

     



 
第11回 2007年2月14日
浅岡 不二雄
 防災と忘災

 パソコンで「ぼうさい」をクリックしたら「忘災」という単語がでてきて一瞬ハットしました。防災支援委員会のワーキング活動で、過去の教訓を大切にしなければと思っていた本人ならば、なおさら気を引き締めていかねばならないと思います。
寺田寅彦の「災害は忘れたころにやってくる」、肝に銘じなければと思う言葉です。

先日、横浜技術震災展シンポジュームに参加して「地域防災力について」話してきました。内閣府防災担当官は「地域防災力を高めるために、大規模災害の被災状況と、被災直後の公的支援には限度があることを国民に理解してもらうことが大切」と言われてました。「行政が何かやってくれるだろう」という甘えた考え方を改めて、地域住民による自助・公助をより高めていくために、地域の専門家・行政が啓発活動を積極的に支援していくことが必要だと思います。いや、むしろ、啓発というよりは地域住民に「語りかけていく」という方が適切ではと思います。

WG・Cグループで教育をテーマに活動していますが、「災害に対して事前の準備が最大の防御であり、最も費用のかからない方法」だと思います。
新聞の記事によりますと、昨年11月の択捉沖地震で津波警報による避難指示に対して、実際に避難所に避難したのは対象住民の10%程度と少なく、子供が「避難しよう」と言うのに対して、親は廻りを見ながら「大丈夫」と言っていたようです。
防災教育の対象は素直な次の世代の子供達を対象とし、学んだことを家に帰って家族と一緒に話してもらうのが、早くて一番効果のあるように思います。

ワーキング活動の中で阪神大震災と新潟中越地震の教訓を調べましたが、阪神大震災は64百人という尊い人命を失ったこと、新潟中越地震は安否確認による通信機能の輻輳と予備電源の能力不足で通信機能が失われたことが、私の印象に強く残っています。
そして、震度7激震地の川口町町長が被災直後に最初の思ったことは、「じいさん・ばあさんは大丈夫か?」ということでした。日本人の心には年寄り・弱者を思う「優しさ」がまだまだ残っていると思います。災害時にこの優しさを忘れてはならないと思います

人口増大と、都市機能が複雑になればなるほど災害に対するリスクは大きくなります。
首都圏直下型地震という大規模災害が発生した時に、安否確認ができれば650万人と予想される帰宅困難者が交通機関の回復するまでその場に留まり、復興ボランティアになってもらうことができるようなると思います。
災害時の人の多さというリスクを逆手にとることが可能になりそうです。
災害伝言用の固定電話「171」或いは、携帯iモードの存在を知っていて、毎月1日 実際に家族で試して使い慣れている人は、非常に少ないと感じます。
家族とお互いの連絡方法・集合場所を事前に話しておくという、誰にでもできる日頃の準備が最大の防御につながると思うのですが。

少子高齢化と独居老人が増えています。20年後には3人に1人が65歳以上の老人と予想されている中で、今年から団塊世代の定年退職が始まります。
高度成長期の団塊パワーをもう一度、社会貢献というかたちで爆発できるような環境造りが必要に思います。ボランティア活動ということで終らせるのでなく、貢献したことに対して地域社会の中で評価が得られるような仕組みがあっても良いように思う次第です。
活動範囲を防災に限定する必要はないと思います。地域というコミュニティーの中で主体性を持って活動し成果と評価を得る、これがやりがいになるのではないでしょうか。
コミュニティー活動が活発になれば「顔の見える化」が進みます。都市という隣人関係の希薄な社会に一番不足している「意思の疎通」が産まれれば、共助という防災対策は半分程度は出来上がったと思います。あとは、想定される被災状況と防災知識という共通認識をもてば良いのではないでしょうか。
団塊世代の持つパワーが期待されていると思います。
   


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