防災特別委員会

     



 
第5回 2006年2月12日
松井 義孝
 技術(Technology and Engineering)と私

 1995年1月17日、あの途轍もない大地震「阪神・淡路大震災」に、だれもが何らかの形で遭遇した。その被災3日後、私はピルツ橋の崩壊現場、まだバスが宙ぶらりんになっている橋梁現場、そして崩れ去った家並みからは、徐々に煙がくすぶり出した荒廃した現場に立っていた。さらに、約7000名の方々の死者をだし、その6割が家屋崩壊による即死であった。それから約10年後の2004年10月23日新潟県中越地震が、同じく直下型地震として発現した。私は技術士会現地調査団として、中越地方の現場に飛んだ。前者の人口密度の高い大都市災害とは異なり、人口密度の低く高齢化の進む農山村地域の被害であった。前者に比べ、即時的死亡者は少なかったが被災経過後のストレスやショック性死因が目立った。10年前の阪神の大きな教訓を思うと、「災害という犠牲者には何をもってもくい止めねばならない」でなければならない。それは、人口密度の差であってもならない。我々は、我々の保持している科学や技術は、「人の生命を守ることに何にもまして第一義であらねばならない」との思いと共に、人の為せる小ささを強く感ずるのである。新潟県中越地震から3年目を迎えようとしている。あの山古志村は、今だ閉塞されたままである。

 さて、技術者倫理の礎えに違いない旧内務省技監青山士の「技術は人なり」といった奥深い言葉を思い浮かべながら、昨今の裏腹な腹立たしい一級建築士の「耐震偽造問題」に触れなければならない。最近の報道によると、某建築士は、マンションやホテル等の企画者や施工者に隷属しつづけ、耐震設計の偽造を5年間もし続けたと証言した。かつては、いや今だ多くの良識ある建築士や施工者は、消費者や市民に対し安全と快適な建物を提供するという誇りと責任感をもって仕事を為しているに違いない。今回のように、一握りの自己の営利のみを求める者らが、この誇りと責任感や使命感をぶち壊しコンピューターを手触りで操り、公益の確保をも奪ったのである。彼等の主導者らは、災害によってその被害や犠牲者の発生は吝かではないように報じられた報道をみた。私は再度言う「技術や技術者は、人の生命と財産を守ることが何にもましてあらねばならない使命感である」。この問題は、捜査中で今だ解明はされていない。私は、単に彼等を技術者倫理の欠如であるとは片付けられない。まさに、人としての大罪であり犯罪である。しかしながら、この事件は我々技術者に対し、多くのルールやシステムや倫理観などの課題を突きつけたものである。

 今一度ここに、自分のためにも技術と技術者の使命感とその真髄について整理をしておきたい。それは、E・S・ファーガソンの「技術屋の心眼」(Engineering and the Mind’s Eye)やその評者・猪木武徳らから教えを被る。
技術によって生み出された人工物に含まれる知識は、どんなものであれ科学がもたらしたものに違いない。科学の時代といわれる今日、こうした安易な考え方が一般的となっている。それだけを想定するのは俗説である。技術の仕事に携わる人々は、非言語的あるいは視覚的思考による判断や選択に大きな力を注がなくてはならないという。時計、橋梁、ポンプ、飛行機などの形状や寸法は、科学計算で一挙に決定されるものではなく、設計者の心の中の想像図と多くの試行錯誤によって生まれてきた。つまりエンジニアの持つ知識の中核部分は、本来非言語的なもので、熟練者が蓄積して持つ直感的なものから成り立っていることをE・S・ファーガソンは強調されていた。設計者の図面は、厳密で曖昧なところがないように考えられがちだが、背後には言葉で表せられない判断、公式どおりでない選択が隠されており、科学を超えた知的な活動が含まれている。現実社会が、数学的社会と異なることを知るのは重要である。数量化できない判断こそ、設計が現実のものとなる筋道を決めるからである。工学的技術の偏重と技能の軽視は、結局計算だけ支えられた技術社会を生みだし続けるに過ぎないと警告している。

 1961年アメリカのシカゴのTBAエンジニアリング社によって、「パノラマ設計法(PDT法)」と呼ばれ、図面の作成に際し製図版をなくし黒板に図面を描き複数の技術者等の徹底論議から図面化されその黒板の図を写真にとり製作に入る方法である。多方面の理論や経験が考慮されコストコントロールに貢献したといわれる。その後コンピューターのCAD/CAMに移行した。そうこうするうちに、コンピューターの仕事は正しいという妄想や神話が氾濫してきたのである。今ならば、このPDT法を参考にすると、レビューをもっと徹底的に行うべきであろうし、私個人的には、図面の作図はゆっくり考えられるフリーハンド作図もいいのではないかとの考えてします。

 最後に、今一度耐震偽造の建築士に言いたい。君は、自己の過ちをチェックシステムが機能したら早くこのことから免れただろうと言う。君は、日本における技術者の使命感と社会の地位を低下させたのみならず、建設工学を目指す若き学生にも大きな落胆を与えたに違いない。だからといって、IT会社の失態のように経済学志向がいいとは、社会も別な反応を示しているように思えてならない。

   

(社)日本技術士会  防災特別委員会  〒105−0001 東京都港区虎ノ門4丁目1番20号 田中山ビル8階