防災特別委員会

     



 
第2回 2005年10月23日
山口 豊(やまぐち ゆたか)

理事 防災特別委員会副委員長 建設部門
APEC Engineer(Civil)
(株)福山コンサルタント常勤監査役
 ワールドトレードセンターの悲劇
 2001年9月11日のワールドトレードセンター(WTC)テロ事件で2,749人が犠牲になったが、その事実が明らかになった。先ごろ「9.11 生死を分けた102分」と題する本が出版された。ニューヨークタイムズ紙のベテラン記者と特集班編集者の2人の著者が事件後、広範囲の取材と膨大なデータにより、その実態が詳らかにした。200回以上に及ぶ生存者や家族、知人へのインタビュー、警察、消防の交信記録、電話記録により、350人以上の人物の行動が記録されている。390ページに及ぶその内容には、圧倒される。ここでは、その中のごく一部を紹介する。
かもめ
 WTCは、大型旅客機が衝突しても倒れないように設計された超高層ビルであった。しかし、建物構造に問題があったのだ。人々はその安全性を過信し、犠牲者の数を増やした。WTCの2棟は驚異の現代技術の象徴であり、飛行機の直撃にも耐える強固のもののはずであった。法律では、床材は2時間の耐火機能が決められていた。南タワーに消防士が救出に入ったのは旅客機の衝突後50分であり、消防士は、あと1時間は救出活動が行えると考えた。しかし、建物はその7分後に崩壊した。WTCは、耐火試験を行っていなかった。事件後、3年経って連邦調査委員会が実験を行ったところ、耐火材は2時間持たなかったのだ。世界でもっとも高名な高層ビルは、考えられた以上に火に弱い構造であった。

WTC所有者の港湾公社は、利益追求のため、建築基準法を大幅に変更した。賃貸スペースを増やすために、従来の安全サイドにあった建築基準の変更まで行っており、非常階段の幅や数や配置にも安全上大きな欠陥があったことが判明している。1,500人以上の人々は、閉じ込められ、脱出できずになくなった。

 危機管理上、一刻を争う緊急情報の伝達にも多くの問題があった。航空管制官は、旅客機が4機も同時にハイジャックされたことを知らず、テロリストにハイジャックされた航空機を撃墜せよという副大統領の命令は、パイロットに届かず、市長自慢のハイテクで固められた危機管理センターが、WTCの敷地内にあったが、職員は避難せざるを得ず、まったく機能しなかった。さらに、WTCの現場では、建物が傾いてきたという上空の警察からのヘリコプターからの連絡が消防関係者に伝わらなかった。北タワーのロビーで指揮を取っていた消防局幹部たちは、南タワーが崩壊したことも知らずにいたし、航空機が突撃したフロアーを通って地上に避難できる通路が残されていたのに、わずかな人しか知らなかった。北タワーでは、旅客機が突撃した地点より下にいた6千人近い民間人のほとんどがすでに避難していた。しかし、多くの消防士は、情報が届かず、助けるべき民間人がいない場所に留まり犠牲になった。しかも、最後の数分間がどれほど危険な状態になっていたのか知らなかったと証言している。崩壊寸前の状況で、消防士は休息を取っていた。上着を脱ぎ、斧を置き、汗まみれの体を休めていた。犠牲となった救急隊員は412人に及ぶ。


米国大都市の代表的な風景
 1993年にWTCがテロに襲われた消防局の報告書ではすでに多くの
問題が指摘されていた。しかし、警察と消防の感情問題から、両者間
の意思疎通の問題は、その後もそのまま残され、両者の無線連絡は、
平常時から行われていず、緊急切り替えもできなかった。このため、警
察の建物上空から伝えるヘリコプターからの緊急情報は、一切、消防
には伝わらなかった。
ハイテクノロジーによる超高層ビル建設に人々は驚嘆し、安全性への
過信が生じる。設計上は、大型旅客機が飛び込んでも、圧倒的な建物
重量からすれば、大型旅客機が突っ込んでもびくともしない構造物であ
った。しかも、被災フロアー以外には、煙は漏れず、延焼しない構造で
あったが、耐火の実証実験もされず、建設が進められた。過去のテロ
襲撃の教訓が生かされず、WTCの建設にかかわった技術者の倫理に
大きな問題があったと考えられる。

さて、日本でも都内の再開発地に猛烈な勢いで建設が進む超高層ビル群を見ると、WTCと同様の安全上の問題がありはしないか。大事故が起こってからはじめて実態が明かされるようでは悲劇の二の舞になる。非常に懸念されるところだ。 
   


(社)日本技術士会  防災特別委員会  〒105−0001 東京都港区虎ノ門4丁目1番20号 田中山ビル8階