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金属部会

2010年(H22)1月から6月例会講演アーカイブス

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新年会参加者集合写真

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所属は講演当時で示してあります。

2010年1月20日

新年会
場所:ニューオータニイン東京「ももきりの間」

2010年2月17日

演 題:いまさら人に聞けない特許の知識Q&A
講 師:高橋政治氏(高橋特許技術士事務所)
(自己紹介)
 昭和46年8月生まれ(38才)、平成9年3月早稲田大学大学院理工学研究科卒業され、平成9年4月新日本製鐵(株)に入社、君津製鉄所製銑部に配属され、高炉工程、焼結工程、ダストリサイクルプロセスを担当、平成13年に「ダストリサイクルプロセスの技術開発」で経済産業大臣賞を受賞。その後、平成15年10月にいおん特許事務所、平成21年4月、高橋特許・技術士事務所 開業、平成22年1月、エース特許事務所の経営に参画されている。
(概要)
1.特許の概要
1.1 特許とは何か?「特許」とは「物」である。例えば、「特許」≒「車」?? 「特許」と「車」の異なる点は「車」は実体がある(有体物)、「特許」には実体がない(無体物)ため、その発明の内容を文章で表し、特許庁に登録する。
1.2 特許権をとると会社にはどのような利益があるか?
[1].その発明について、独占して実施できる。⇒市場を独占できる。したがって価格競争しなくてよい。
[2].競合他社の実施をやめさせることができる(差止が可能)。⇒やめなければ損害賠償請求も可能である。
[3].他社に貸す(ライセンスする)ことで、料金を得られる。
[4].商品やパンフレットに「特許品です」と書けることからより売れる。
Q.特許出願したが、特許権が取れなかった場合、利益はないのか? 答えは、ある。⇒同じ発明について、他社も特許権が取れなくなる。
★新しい技術を開発したら、特許出願しておく必要がある。ただし、絶対に特許権が取れない場合は除く。
1.3 特許権をとると発明者はどのような利益があるか?
 会社の社員が仕事として行った発明は職務発明であり「相当の対価」を受け取る権利がある。 発明が完成すれば発明者に「特許出願をする権利」が発生する。その権利を発明者が会社に売ることになる「相当の対価」とは、
★特許出願したときに、○○円を支給、特許権が取れたときに、 ○○円を支給、その発明に基づく商品を販売したら、 ○○円を支給、特許権に基づいて他社にライセンスしたら、 ○○円を支給、特許要件を満たしている必要がある。
 発明の権利に関して、青色ダイオードの発明者の中村教授の例などが話された。
1.4 どのような発明が、特許権をとれるか?主な特許要件
[1].先願であること、同一発明の特許出願が2つあった場合、後に出願した方は、特許権が得られない。したがって1日でも早く出願すべきである。
[2].新規性があることとは発明が新しいこと。【新規性がない発明の例】
・学術論文、特許公開公報に記載されている発明、・パンフレットに記載して配布した発明、・お客様に説明した発明、
・公の場で実施された発明 ⇒自分で実施した発明も該当(例:道路の補修方法)
[3].進歩性があることとは「従来技術に基づいて、容易に発明することができるか」、「容易に発明できない」ならば、「進歩性がある」と判断される。
★「効果がある発明」であることが重要「効果がある発明」との主張方法;
・従来の技術では○○という点を克服できないという課題があった。
・しかし、本発明ではその課題を克服することができた。などは「効果がある発明」と認められやすい。 「進歩性」についての注意点として、
・『進歩性の有無の判断は、新規性がある発明に対してなされるもの』で「この発明は○○という課題を解決する素晴らしい効果があるので、特許がとれると思う。しかし、○○の文献にすでに記載されている(新規性はない)。」という場合、特許は取れない。
 これらの基本的な説明の後、特許出願の流れを説明し、これまでに、知的財産管理技能検定(3級)の試験に出された問題を対象に出席者全員質問し回答を求め、その成否を解説された。

2010年3月17日

演 題:ITインフラの中核、HDDを支えるめっき技術
講 師:岡村康弘氏(岡村技術士事務所)
(自己紹介)
・1962年3月:大阪府立大学工学部応用化学科電気化学卒業、同年:三菱電機(株)入社し、めっき磁気ディスクの開発、衛星・航空搭載電子機器用各種部品の表面処理技術の開発、プリント基板の製造及び工場管理を経て、薄膜磁気ヘッド・媒体開発に従事してきた。その後、
・1991年:三菱アルミニュウム(株) ディスク基板事業部で品質技術指導
・2000年:岡村技術士事務所を開設し、国内企業(複数)の製品開発、品質改善、技術者教育、国際技術協力として、JICA(マレーシア), JETRO(ベトナム)等に参画、現在、表面技術協会、AES(米国めっき協会)、日 本技術士会会員日本防錆技術学校(通信講座)講師、IDEMA Japan(日本HDD協会)協賛会員として活躍。
(最近の著作、講演)
・電気自動車への期待:月刊トライボロジー、2009-5号、フロントコラムに寄稿
・身近な所からのエネルギー:2009/3,繊維技術士会、JTTC3月例会で講演
・設計現場で役立つめっきの基礎とノウハウ:A5版233頁、日刊工業新聞社(2009/2)
(講演内容)
 今日のテーマは「IT社会を支えるめっき技術」として、めっき専門の方よりそうではない方の方が多いと思われるので、皆様共通の話題になりうる電子部品、HDD(ハードディスク)に注目し、めっきとの関係を取り上げ講演された。
 先ず、めっき産業の推移を大きく見た場合、めっきの基幹を成すのは、亜鉛めっきとCu/Ni/Crめっきでる。亜鉛めっきは現代社会の基幹材料である鉄の防錆処理で重宝されているからである。なかでも、めっき鋼板は、1950年台終盤からのモータリゼーションを支えためっきとして特筆される。国内でも、粗鋼生産量1億トンの10~20%がめっき、めっき・塗装鋼板である。Cu/Ni/Crめっきは、鉄を始め、銅合金、亜鉛合金に広く使われている。これらは大雑把なめっき、という印象はありますが、応用製品の種類、めっき浴槽の容量、金属消耗量もダントツである。
 もう一つの流れは、電子部品における応用で、単なる防錆ではなく、電子、磁気に関与する表面処理であり、1990年台からのIT勃興以来、その発展を支え続けてきている。この分野を代表するのが、回路部品、HDDにおけるめっきである。
・回路部品;
 年々高密度化し、数億~10億個/チップものTrを搭載するLSIを端末まで電気的に繋ぐ回路に多種類のめっき(Cu, Au, Sn合金)が使われている。プリント基板、LSIの配線、接合の発展の歴史を紹介され、その主役となっているCuめっき技術の中身(添加剤の威力等)や、スルホールめっきの内容、信頼性、めっき厚みの均一性や寸法精度の正確さなどを紹介された。
・HDD;
 パソコンでなじみのHDDであるが、開発当初のディスクの大きさに比べ現在は著しく小型になり、記録密度は、1960年には0.01Mbit/in2であったものが、飛躍的の向上し2010年には約1000000 Mbit/in2を超えると予測され、物理限界は2020年頃にくるいわれ、IBMがHDD事業から早く撤退したことはこの予測を考慮したのではないかと推測されている。今や、こうした大容量のHDDが1台で地方図書館の蔵書がそっくり収まる程の大記憶容量のものが、容易に入手できるまでに発展してきている。また、HDDディスクは超精密部品であり壊れやすい。特に持ち運びには注意が必要である。HDD発展の歴史に加えて、基幹部品である薄膜ヘッド、ディスク媒体(基板)におけるめっきの役割、特に無電解Niめっきに関してその特徴を紹介された。
 回路の限界が数10nm、磁気記録でも10nmが物理限界の時期が近づきつつあるが、微細化はまだまだ進むと考えられ、今後、信頼性の維持・向上のために、Cuめっきにおける不純物抑制、結晶構造制御、コンタミ制御が必要であり、更にコストダウンとして、めっきの長寿命化、液管理の高度自動化などが求められているなどが紹介された。

2010年4月21日

部会及び第一次、第二次技術士試験合格者歓迎会
演 題:私の失敗3題
講 演:木村孝枝女史(日立AMS(株)厚木事業所 エンジン機構事業部 エンジン機構品質和保証本部)
1.会社概要
 講師の所属する日立オートモティブシステムズ株式会社は2009年7月1日株式会社日立製作所から分社し、新たなスタートを切った。日立の自動車機器事業は、1930年自動車用電装品の国産化から始まり、現在では、環境に適した高効率なエンジンマネジメントシステム、エレクトロニクス化をリードするメカトロニクス、高度な安全を追求する走行制御システムなどの製品を提供する総合自動車部品メーカーである。
2.自己紹介
 講師は入社以来16年間、主に、開発評価時に壊れた物品の、破損原因調査を担当してきた。壊れる部品は、エンジン部品であったり、走行制御部品であったり、その都度、一からのスタート。製品の機能や使用環境がわからない、学術名は通じず、商品名や俗語での会話、悩まされた。とりあえず、勉強、そんな時、大和久重雄先生の本に出会い「先生のようなエンジニアになりたい」と、技能士と技術士を目指し、20代で志、30代を通り過ぎ、40代、まだ、夢を追いかけている途上であるとのこと。
3.私の分析失敗例1 ― カジリ原因
 『ある時期以降、軸とリングで構成する部品間に、発生したかじり原因調査』。
 かじりは良く知っているつもりだったし、損傷部品が限られていたこともあり、その原因を焼結体の粉末同士の結合不良ではないかと推測した。この推測した原因を証明するために、密度、見掛け硬さ、SEM観察、微小EPMA、空孔観察、組織観察、引張試験など各種の調査を行った。しかし、結合不良であることを確認ができず、それでは説明がつかなかった。その後、組織の確認など調査を進め、たどりついたかじりの真の原因は、素材の偏析であることを突き止めた。焼結体を扱うのは初めてのことだった。― 結論を先に出して調査をしてしまった失敗である。―
4.私の分析失敗例2 ― 起点推定
 『摩擦圧接品のねじり耐久評価後の起点推定』
 異種金属の管同士を摩擦圧接で試作した製品に関して、ねじり試験後の調査で接合面を確認した際、いままでの破面観察の経験と接合の機構から、破損の起点を内周部からと考えた。ストライエーションは、語りかけていたのに、壊れるならこういう場所、見る目がなくて起点を誤った。しかし、断面観察で、ふと目にした亀裂の長さは、内周側より外周側の方が長く、推定した起点の不自然さに気付いた。数百本のサンプルを壊し、現物を納得いくまでSEM観察をすると、実は、板厚の中心部に起点があることが判明した。― 固定概念で調査をしてしまった失敗である。―
5.私の分析失敗例3― 引張強さ低下原因
 『あるロットのみ、引張試験後の引張り強さが数10%低下した原因調査』
 破面をSEM観察した結果、強度低下現品では、粒界破面を呈する特有があった。なぜ、脆性的に破壊するのか、焼結材であったことから、密度、硬さ、粉末結合不良、空孔などによって評価をしたが有意差はなかった。つづいて、炭素量が影響しているのではないかと考え、微小EPMAやCS測定装置で調べ、炭素量の多い個所があることを見出した。このため、この現象に注目し、過剰に浸炭させることで再現性の評価を行った。その結果、現品と同様の強度低下と破面を呈することが解った。しかしながら、焼色が違う、触れると煤が付くなどの性状の違いがあったため、トライアルを追加し、原因は熱処理に起因するものであることを確認した。―現実に起こっていることを、素直に見る目と、その奥にある真実を見分けることの大切さを学んだ失敗である。―
6.受験を通じて
 直接ものづくりをしていないのに、技術士を目指してもいいのか、と感じることもあったが、小学校で授業をしたり、四季折々の風景を眺めたり、様々な記事などに触れ、今は、壊れたものの評価から、設計者と金属を繋ぐ通訳になることで、ものづくりの支援ができればと考えている。
 また、同じ木の、同じ枝になる葉も、陽に向く角度が違えば、紅葉の仕方が異なる、それは、同じ炉に入れたワークでも、置く位置が違えば、硬さや歪みが微妙に変化することに良く似ているし、同じクラスで学ぶ子供達が、違う目標を持って、社会に羽ばたいて行くことに似ている、と日常に起きる事象と金属学の共通点を感じたりしている。
 講師は、技術士になったら、壊れたものの評価に加え、たとえば、溶接熱影響部や焼結材の組織制御など、熱処理と金相学から、ものづくりの支援をする夢を叶えることを目指している。

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2010年5月19日

演 題:自然科学の眼で見た文化財〜先達の知恵に学ぶ〜
講 師:桐野文良氏(東京芸術大学准教授、工学博士、大学院美術研究文化財保護専攻)
(自己紹介)
 講師は1981年4月 (株)日立製作所中央研究所に入社し100μm以下の薄膜リチウム電池、光磁気ディスク用記録材料、再生方式などのほかハードディスクの記録材料の研究を経て、日立マクセル(株)でリチウムイオン電池材料の研究、同開発本部でハードディスク用磁気記録の研究に関わり、主に腐食について信頼性に関する研究を担当されてきた。
 2000年10月に東京藝術大学美術研究科文化財保存学専攻の准教授となり、2010年4月教授に昇格され現在に至っている。
1.緒 言
 文化財は人間が意図して作ったものであるが、長い年月を経て取り巻く環境によって劣化が進行する。こうした人類共通の貴重な財産である文化財を劣化から保護し、後世に伝えていくことは現代の我々の使命である。そのためには、文化財の劣化状況、用いられた材料、製作方法などを知ることが重要である。ここでの検討結果は文化財の保存や修復に有用である。本日の講演では金属文化財として、元文小判ならびに明和5匁銀を中心に製作技法や劣化状況などを検討した結果について述べられた。最後に、種をまく人(ミレー作、山梨県立美術館所蔵)を例に油彩画の調査方法を紹介された。
2.実験方法
 光学顕微鏡、走査型電子顕微鏡(SEM)、走査透過電子顕微鏡(STEM)を用いて試料の形態を観察、X線回折法ならびに電子線回折法により結晶構造を解析した。また、エネルギー分散型X線分析計(EDX)および波長分散型X線分析計(WDX)により金属の組成を求めた。紫外線蛍光写真ならびに赤外線写真により表面の状態を調べ、分光光度計により色彩を調べた。
3.結果および考察
3.1 明和5匁銀の表面腐食層
 明和5匁銀は明和2年(1765)から安永元年(1772)に作られ、使用された定量貨幣で幕府の意向で60匁を1両として流通したが短期間で変動相場制によって使用されなくなった貨幣である。
 この明和5匁銀は共晶系のAg-Cu合金でαAg相とαCu相とからなっている。現存する試料は黒色を呈するものが多いが、わずかに淡緑色のものもある。この2種類の色彩の違いを試料の表面腐食層のSTEM解析を通して明らかにした結果、黒色化した明和5匁銀は腐食層にはαCuが優先腐食し、腐食性物はCu2OとCu(OH)2・H2O が主成分であり、それ以外にCu-S、AgClなども存在していた。表面層のCu2Oマトリックス中にはAgなどの金属粒子の分散や硫化物の生成があり、それによる光の散乱、吸収が生じ腐食層が黒色に見えている。
 それに比較し淡緑色の5匁銀は均一に腐食され、Cuが優先腐食された部分からなり、腐食生成物はCu2Oが主成分で、表面にαAg相があり、その最表面は薄い数十nmのCu2Oの層で覆われている。このαAg層が不動態化して変色が抑制されている。
3.2 和同開珎の表面腐食層の解析
 わが国最初の流通貨幣である和同開珎の表面の腐食層を検討した結果、土壌中に保持されていた試料では緑青と群青が腐食層として生成し、伝世品では水酸化銅や亜酸化銅が生成している。群青は分光的には標準試料と異なっている。また、TEM観察から、群青は組織の異なる2つの層が表面に生成しているが、電子線回折によればいずれも群青であることがわかる。また、不純物の分析からAsやFeが検出され、原料として粗銅が用いられたと考えられる。また、金属組織観察から樹枝状組織が見られ鋳造により製造されたことを示している。
3.3 小判と着色技法
 Au-Ag合金における色彩はAu濃度により変化する。江戸時代の代表的な貨幣の一つの小判は含有金濃度が低いにもかかわらず黄金色をしている。金座の記録によれば最後の仕上げに、我が国の金属工芸における伝統的な着色技法である色揚げを行っている。この技法では硫酸鉄や硫酸銅を主成分とする色揚げ処理液を表面に塗布しバーナーで500℃程度に加熱した後に重炭酸ナトリウムで表面を研磨する工程を繰返す。
 EPMAで小判表面近傍10μmにおけるAu、Agの濃度分布を調べた結果、表面から約2μmにAuのピークがあり、3μm以上ではAgの濃度が高くなっていることが確認された。色あげ処理層の構造における濃度分布を微量分析した結果、最表面層はAu77.5:Ag22.5、そのすぐ下でもAu82.3:Ag17.7であるが、更にその下部ではAu50.0:Ag50.0となり、そのさらに下層部ではAu45.8:Ag54.2の比率が測定された。
 これはカーケンダル効果により銀が選択的に吸出され、表面近傍に金富化層が形成されるものと考えている。
3.4 種をまく人(ミレー作、山梨県立美術館所蔵)の自然科学的調査
 油彩画の経年変化として表面の汚れ、罅割れなどの劣化がある。このような作品の修復を行うのにあたり、自然科学的調査を行う。ここでは、光学的調査、X線透過撮影による調査ならびに用いられた絵具の材料調査について、実際に行った修復作業の内容を紹介された。

2010年6月16日

演 題:高強度浸炭歯車用鋼の合金設計
講 演:上野英生氏(三菱製鋼株式会社 宇都宮製作所 加工グループ 兼 広田・粉末加工グループ)
(1)自己紹介
 講師は昭和29年1月17日、東京都生まれ、現在56歳。昭和52年3月茨城大学工学部金属工学科卒業、昭和54年3月、東京大学大学院修士課程(金属工学専攻)修了し、同年4月三菱製鋼株式会社に入社し。製造現場にて連続鋳造を担当、顧客である自動車メーカーにてゲストエンジニアとして高強度歯車用鋼の共同開発を実施した。
 本日の内容は、講師が金属材料の道を歩むきっかけとなったその時の経験を主体として、高強度浸炭歯車用鋼の合金設計についての紹介をして戴きました。
(2)内容
 本題に入る前に、歯車の概要として、インボリュート歯車の特徴が紹介された。インボリュート歯車は複雑な形状をしているが、単純な形状の台形歯車と異なり、噛み合い始めから噛み合い終わりまで応力伝達方向が常に一定で、駆動歯車と従動歯車の回転速度が一致している。この特徴のために、インボリュート歯車は台形歯車より円滑に応力を伝達することができる。
 歯車の高強度化については、歯車の小型化に止まらず、歯車を支えるシャフト、軸受け、歯車ケースなどの小型化にも繋がり、意匠空間が広がることにより、環境対応装置や商品力向上装置の設置、居住性向上など大きなメリットがあるといわれている。一例として、歯車1gの軽量化が車体全体では数kgの軽量化にも拡大するとして、顧客の設計者から開発の推進を励まされた経緯も紹介された。
 一方、歯車の損傷形態としては、歯元損傷(衝撃破壊、低サイクル疲労、高サイクル疲労)と歯面損傷(磨耗、ピッチング)に大別されるが、開発当時は歯面損傷のピッチングが大きな問題となっていた。ピッチングは歯面同士が曲面接触することによるヘルツ応力を考慮する必要がある。一般に、材料は圧縮応力では破壊しないといわれるが、ヘルツ応力が分布を持つことにより、材料の内部で剪断応力が発生する。さらに、歯車では軸受けのような単純な“ころがり”ばかりでなく“すべり”が作用することにより、剪断応力が大きくなり、かつ、表面側に移行する。
 このような複雑な応力が作用することにより、歯車は“ピッチング”と称する歯面損傷を起こす。今回の開発の最大の難所は、この“ピッチング”に対抗する疲労強度の向上である。問題解決にあたり、ピッチング損傷した歯車を金属材料の観点から調査したところ、表面近傍は軟化しており、歯車転動中は“すべり”による摩擦熱により、浸炭焼入れ時の焼戻し温度よりも高温になっていることが想定された。
 この点に注目して、焼戻し軟化抵抗を向上するSiの適用を考慮した合金設計を試みたところ、様々な障壁に直面した。先ず、Siはフェライト安定化元素であることからAc3変態温度が浸炭温度よりも高くなり、焼入れが利かないフェライトが発生し、ミクロ組織が不均一となるといった不具合が想定された。これに対してはオーステナイト安定化元素であるNiを複合添加することで解消した。また、Siは鉄よりも酸化されやすい元素であることから浸炭中の微妙な酸化雰囲気でも酸化し、浸炭異常層と称する局所的な軟質組織を増長させる。この現象について、Siを変動させた実験を実施したこところ、Si含有量がある程度高くなるとかえって浸炭異常層が低減する現象を見出した。

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