建設部会のホーム行事案内
2024年12月 建設部会講演会(報告)
1.概 要
・日時:令和6年12月11日(水)16:30〜18:00
・場所:日本教育会館(喜山倶楽部:光琳の間)
・講師:土木学会 次期会長 池内 幸司 氏
(一般財団法人 河川情報センター 理事長・東京大学 名誉教授)
・講演テーマ:気候変動により激甚化する水関連災害に対して我々はどう対応すればよいか?
・参加者:会場参加者42名(内訳:会員40名、非会員2名)、Web参加者161名
2.講演会
(1)2024年の台風・豪雨による災害の状況
1)7月25日からの大雨(山形県、秋田県等)
山形県と秋田県を中心に、総雨量が多いところでは500mmを超過し、多くの雨量観測所で観測史上1位の記録を更新した。山形県では線状降水帯が2回発生し、大雨特別警報が2回発表された。国管理の最上川や子吉川等の2水系4河川、4県(岩手、秋田、山形、宮城)管理の11水系35河川で浸水被害が発生し、多くの家屋や村役場の建物、主要道路などが浸水した。治水対策は実施されてはいたが、都市部が先行し田園地帯までは十分に手が回っておらず、多くの被害が発生した。
2)8月21日のゲリラ豪雨(東京都)
23区西部を中心に非常に激しい雨が降り、港区付近で19時までの1時間に約100ミリの猛烈な雨を記録した。このゲリラ豪雨により、地下鉄やアンダーパスの浸水、雨水の集中によるマンホールからの水の噴出等の被害が発生した。都営地下鉄では35年ぶり、東京メトロでは20年ぶりに駅構内が浸水した。地下鉄事業者では止水板の準備や設置訓練を実施していたが、短時間の事象で従来からの対応では間に合わずに被害が発生した。
東京都における雨水排水対策の進捗状況は、時間雨量50mmを整備目標としている42地区のうち事業が完了しているのは22地区と半分程度である。また、時間雨量75mmを整備目標としている15地区のうち事業が完了しているのは6地区である。引き続き、雨水貯留施設等の整備を進めていく必要がある。
3)台風10号(全国)
台風10号は台風の速度が遅く、長時間停滞して、宮崎県や静岡県の観測所で総雨量が900mmを超える大雨を記録した。累積雨量が多く、地盤が緩んでいるところに短時間の集中降雨が発生し、河川の氾濫や土砂災害等の被害が発生した。
4)9月20日からの大雨(石川県)
輪島市で、時間雨量約120mm、24時間降水量412mmを記録し、石川県管理の21水系28河川において氾濫による浸水被害が発生した。線状降水帯による大量の降水と谷底平野の多い能登半島の地形と相まった被災である。能登半島地震との複合災害との報道も見受けられたが、主要因は記録的な豪雨による被害と考えられる。本件では、震災の仮設住宅6団地で床上浸水、115箇所の孤立集落が発生した。谷底平野の中小河川における警戒避難体制の確保、設置可能場所が限られた中での仮設住宅の防災対策や、孤立集落での情報孤立を回避するための通信手段の確保(衛星携帯電話の配備が有効)等の対策が必要である。
5)まとめ
上記のように2024年は、大河川の氾濫やゲリラ豪雨による内水氾濫、土砂災害、谷底平野を流れる中小河川における洪水被害など様々な形態の水関連災害が発生している。
(2)近年の豪雨災害の特徴と教訓
1)犠牲者の発生状況とその要因
豪雨災害における人的被害は、かつては川や農地の状況を見に行く、水門操作に行くなど外出中に被災することが多かったが、近年は避難が遅れて洪水により自宅で被災するケースが多く見られるようになっており、住宅の2階に避難する垂直避難では安全を確保できないケースも少なからず見受けられる。
2020年7月の熊本豪雨では球磨川が氾濫し、大量の洪水流が人吉市街地を流下し、市街地が川のような状況を呈した。多くの住宅が2階の天井近くまで浸水するとともに氾濫流の流速も早く、家屋が押し流されるレベルの外力が発生した。そのような中、避難のタイムラインの作成と避難訓練の実施により、多くの家屋が流失したにもかかわらず人的被害が発生しなかった地区もあった。タイムラインの作成や訓練の実施の重要性を再認識させられた。
2)企業・行政機関の被災と二次災害
2019年の台風19号により、北陸新幹線の車両基地の車両120両が浸水し、甚大な直接被害が発生するとともに、ダイヤは長期間にわたって乱れ、社会経済活動に大きな影響を与えた。
2019年の佐賀豪雨では、工場が浸水し、油が流出した。油混じりの氾濫水を海へ排水すると、海域で行われている海苔養殖へ影響を与えてしまうため、排水前に油を除去する必要があり、浸水被害が長期化した。
2018年の西日本豪雨では、アルミの精錬工場が浸水し、溶解したアルミニウムが氾濫水と接触して水蒸気爆発を起こした。その結果、溶けたアルミニウムや工場の建屋の部材が周辺に飛び散って、近隣住宅の損傷や火災が発生した。さらに、爆風により民家の窓ガラスが破損し、多くの住民がけがをした。
以上の水害では、事業所の浸水により、大きな直接的被害が発生するとともに、地域社会に対して大きな被害をもたらした。
3)水害BCPの策定の推進
行政機関や企業において、自然災害に対する業務継続計画や事業継続計画(BCP)が策定されているが、地震を対象としたものがほとんどで、水害を対象としたものは多くはない。特に、大規模水害を対象としたものは少ない。しかし、地震と水害では対応が異なることも多い。
地震では、非常用電源設備が稼働し、オフィスビルなどの機能が維持されることが多いのに対して、水害では、地下や地上にある耐水対策が施されていない非常用電源設備や燃料補給設備が、浸水によって機能停止し、全電源喪失となる可能性が高い。それを防ぐためには、非常用電源とその燃料補給設備、分電盤などを浸水させないようにしなければならない。一方、ある程度のリードタイムで、災害を予測できる場合が多く、発災直前の応急対応が可能な場合も少なくない。
水害時に市役所等が水没し、災害対応に重大な支障をきたした事例は少なくない。災害が発生した際、市町村は災害対応の主体として重要な役割を担う。災害時に資源(人、物、情報等)が制約を受けた場合でも、一定の業務を的確に行えるよう、業務継続計画を策定し、その対策を事前に準備しておく必要がある。業務継続計画の特に重要な6要素について、あらかじめ定めておく必要がある。例えば、首長不在時の明確な代行順位を定めておき、災害対応の指揮命令系統を一本化して他系統からの指示は受け付けないようにすると混乱や誤認等を最小限に抑えることができる。また、非常時に行う業務の優先順位を明確化しておく必要がある。災害時には、限られた体制の中で、多くの業務が殺到するが、全てに対応することは不可能であり、優先順位が劣後する業務にまで対応すると、優先すべき業務が後回しになってしまうことがある。例えば、外部からの電話対応に忙殺されて、避難指示等の発令が遅れてしまうケースも発生している。これらの災害時の対応の必須事項は、A4用紙2〜3枚程度に簡潔にまとめて、災害時に重要な対応が優先して行われるようにしておくことが望ましい。
2020年6月時点で、市町村における業務継続計画の策定率は9割であるが、業務継続計画の特に重要な6要素を満たしているものは3割程度である。
4)都市型水害のリスク
2019年の台風19号による川崎市武蔵小杉地区では、多摩川の水位が高いときに排水樋管のゲートを閉めることができずに、多摩川の水が排水管を通して市街地に流れ込み、タワーマンションの地下の配電盤が浸水して、エレベータやライフラインの機能がマヒした。今後は、浸水によって重大な機能支障が生ずるような建築物における水害リスクを考慮した建築基準の制定、様々な降雨パターンを考慮した水門等の操作ルールの策定などが必要である。
(3)今後の水害対策のあり方
現在の水門等における設計外力は、計画高水位(HWL)であるが、近年の降水状況に鑑みれば計画高水位以上の外力が発生した場合でも、円滑にゲート操作ができるようにすべきと考えている。
河川の水位計の設置高さも、かつては計画高水位までの対応となっており、計画高水位を超えるような大洪水時には測定不能となっていたものが、現在では計画高水位以上の水位でも計測できるように改善が進められている。
気候変動を踏まえた治水計画への見直しにあたっては、対象とする気候変動シナリオは、2℃の上昇のケースが想定されているが、それ以上に温暖化が進む場合でも、工事の手戻りが、出来るだけ少なくなるように設計上の工夫をする必要があると考える。
水害を他人事ではなくて、自分事として捉えることが重要であり、ふだんからハザードマップ・キキクル・川の防災情報を見ておく。そして、いざというときの行動をふだんから考えておき、1年に1度は散歩などの際に自宅から避難場所まで実際に歩き、途中の経路で土砂災害等の危険がないか確認しておく必要がある。
(4)スイスにおける流域治水
スイスでは、L1、L2洪水の間のL1.5洪水を対象として、具体的な超過洪水対策が進められている。スイスにおいても、以前は、日本と同様に1/100の洪水に対して対応できるように治水施設の設計が行われていたが、1987年のロイス川における甚大な洪水被害を契機として、1/100の洪水を超える超過洪水が発生した場合でも、人命を守り、壊滅的な被害を防ぐことができるような対策が講じられている。まず、土地利用に応じて治水安全度を設定することとされている。例えば、集約農業地帯1/20、個別の建物・インフラ1/50、集落1/100 、特別な施設1/300等と設定されており、土地利用により治水安全度を明確に区分している。また、流域のあらゆる施設(高速道路・鉄道等)や場所(農地、カルバート等)を用いて、超過洪水が発生した場合でも、氾濫水を安全に放流できるようにしている。地域の理解を得る必要があるが、スイスの治水対策の考え方は、日本おける流域治水でも大いに参考になる要素がある。
3. 所感
近年多発する豪雨災害のひとつひとつを見ると発生のメカニズムや被災の形態が種々に亘っており、それぞれに対応手法を考える必要があることを知り驚いた。
スイスにおいては災害を契機に土地利用の状況に応じた対策がなされており、一定の成果を上げていることからも日本においても参考にするだけでなく、導入に関しても積極的に検討すべきとのお話もあり非常に参考になった。
その後の質疑応答では、最も重要であることは地域住民の理解を得ることであることをお話しいただいた。東日本大震災以降は、超過洪水対策について地域の理解は得やすくなり、意識の変化は感じられるものの、氾濫を一定程度許容することについては、地域の理解を得ることはなかなか難しいとのことであった。
特に都市部では郊外の農用地にリスクの負担をお願いすることとなり、そのメリットとデメリットをデータに基づききちんと提示、説明する重要性については技術者として非常に共感できた。
今までの考え方や設計手法が通用しなくなる時代の変化点において、今後の流域治水や防災・減災のための考え方を過去の事例や豊富なご経験より実例を交えてわかりやすくご講演いただき、多くの質問にも丁寧に応じていただいた池内幸司氏に感謝申し上げます。
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