防災特別委員会

     



 
第13回 2008年2月11日

外山 涼一

(株)荒谷建設コンサルタント 地盤調査部長
技術士(総合技術部門/応用理学部門/建設部門)

 技術者の一分
  藤沢周平の短編小説集「隠し剣秋風抄」の中に「盲目剣谺(こだま)返し」があるが、それが、監督山田洋次、主演木村拓哉で映画化された。映画のタイトルは「武士の一分」である。蛇足ながら、私は藤沢作品を映画化(テレビドラマも同様)することには反対である。藤沢作品を好む最も大きな理由の一つは、あの文章の崇高さにある。どのような名監督であれ、あの文章の崇高さを映画で表現することはできないと思う。

 今年度は技術士法制定50周年の年であり、本部を初め各支部でも記念行事が開催された。中・四国支部でも記念シンポジウムを開催したが、基調講演をされた広島工業大学茂里一紘学長が「武士の一分」の映画にいたく感動されて、その中の言葉を引用されていた。それは「武士には、命を賭けても守らなければならない一分がある」という言葉である。茂里学長は武士を技術者に置き換えて引用された。小説の中には「武士の一分」という言葉は出てくるが、前述のような言葉は出てこない。これは脚本家が原作を読んで感じた言葉だと思うが、まさしくその通りだと思う。
武士にとっての一分は、言葉通り「面目」であり「名誉」であるが、それでは技術者にとって「命を賭けても守らなければならない一分」とはなんであろうか。
 技術者にとっての一分として、茂里学長は「社会」「環境」「倫理」を挙げられた。技術者が倫理を守り、社会的責任を果たし、環境に留意すれば技術者の社会的な地位を向上させ、若者の技術離れを抑制できると訴えられた。

 防災・減災においても、これらのことが重要なことは論を待たず、特に倫理を守り、社会的責任を果たすこと(または社会的貢献を進めること)こそ防災に係わる技術者の使命であると考える。

 具体的にはどのような行動になるであろうか。防災支援委員会では、平常時と非常時に分けて主な活動を6項目挙げている。私は、防災に係わる「技術者の一分」はどの活動項目ということではなくて、それらを自己の社会的責任と考えて、どのように社会貢献できるかであると思う。
 そして社会貢献というからには、奉仕活動である側面は否めない。防災支援活動の大半はボランティア活動であり、真に大規模災害発生時を想定した常時あるいは非常時の活動は、まさに社会貢献活動である。これを真摯に継続することこそ防災に係わる「技術者の一分」を通すことにほかならない。
 しかし、これがなかなかに難しい。技術士には種々の技術部門があるが、最も人数比の高いのは建設部門で、しかもその中の大半の技術者が、多かれ少なかれ公共事業に係わっていると考えられる。周知のごとく、公共事業を主な市場にしている企業は、昨今非常に厳しい環境にある。中・四国支部でも「防災活動を共にやりましょう」と声をかけると「仕事になるならやります」という答えが返って来ることも多い。
 兵庫県南部地震の時、その1週間後に現地に行った。当然交通機関は回復しておらず、被害の凄まじさにただただ驚きながら、徒歩で現地を見て回った。そこでは早くも民間のボランティアの人と思われる人たちが、炊き出しをしたり、仮設テントで暮らすお年寄りの世話をしていた。中越地震の時は、都市部ではなかったので大半の所では自動車を利用できたが、やはり徒歩にたよるほかにないところも多かった。そこでは倒壊を免れた車庫や自宅の庭などで生活している高齢者の方々の、生気のない目の色が忘れられない。

 これらの状況を見ると、その時は自分も何かをしなければならないと思うのだが、これが長続きしないのが現実である。個人技術士であれ企業内技術士であれ、日常的には業務に追われているが、その中でも、高い志を持って活動している方も見かける。
また、倫理観でいえば最も良い例が耐震偽造問題である。技術士に比べはるかに社会的認知度が高い建築士は、姉歯問題でさらに日本中に建築士の資格を知らない人はいないまでになったに違いない。だからといってそれを喜んでいる建築士は皆無であろう。

 技術士法制定50周年の中・四国支部シンポジウムで、パネルディスカッションが行われた。そのパネラーの一人である中国新聞の論説委員が、新聞の論説欄で「好ましくない話題でも構わない。それが技術士を社会認識してもらうきっかけになれば。そのような雰囲気を感じた。」と書かれた。もしそのように感じさせる言動を我々が持っているとすれば、本末転倒である。
技術士会にしてもその他の団体にしても、防災活動に多少の打算的要因が含まれるのはやむを得ない。しかし、どうせやるなら崇高な奉仕精神でやるに越したことはない。そのような気持ちで社会貢献することこそ防災に係わる「技術者の一分」であろう。
   


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