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生物工学部会

研修旅行実績(見学会および講演会)2007年

鳥取大学乾燥地研究センタ−(拡大画像へのリンク)

鳥取大学乾燥地研究センタ−

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2007年度研修旅行記録

 日本技術士会生物工学部会研修会 平成19年7月14日

 コシヒカリを超える水稲品種『ヒカリ新世紀』の育種

・富田因則 (鳥取大学農学部分子遺伝学研究室)

 コシヒカリに替わる新世紀の良食味多収米として短稈コシヒカリ型の水稲新品種「ヒカリ新世紀」(平成16年11月8日農林水産大臣告示、水稲品種第12273号)を開発しました。ご承知のように、良食味のコシヒカリは消費需要が高く、1979年以来日本で最も多く4割近く生産されており、日本の米はコシヒカリを中心とする品種に占められています。例えば、鳥取県ではコシヒカリが6割におよび、ひとめぼれと合わせて、2品種で9割を越えており、遺伝的に種類が極めて限られています。このように一部の品種で占めてしまうと台風や特定の病害虫の発生により、一辺に大きな被害を蒙る恐れがあります。特にコシヒカリは茎が長くて倒れやすく、作りにくい品種であり、昨今の台風の度重なる来襲によって倒伏害をこうむり、主要作物の大きな被害として全国的に問題になりました。したがって、コシヒカリを遺伝的に倒伏しにくく改良し、自然災害に対抗できて、かつ、消費者の需要にこたえられる新品種を開発することが、わが国品種改良における悲願の重要課題でした。

 そこで、私どもでは、コシヒカリに背丈を低くして倒れにくくする唯1個の短稈遺伝子sd1を導入した新品種「ヒカリ新世紀」を開発し、平成16年にリリースしました。「ヒカリ新世紀」は、コシヒカリに背丈を約20 cm短くするsd1遺伝子を全国で初めて導入し、短稈遺伝子以外は99.9%以上コシヒカリのゲノムを持つ初の短稈コシヒカリ型品種です。「ヒカリ新世紀」は、コシヒカリより倒伏耐性が著しく強化されたうえ、穂数が増加して15%の増収となり、コシヒカリの良食味(等級「上の中」)をそのまま受け継いでいます。

 「ヒカリ新世紀」は平成14年の出願公表以来、北は青森県から南は鹿児島県まで21県にわたって生産者では本格的に作付けが進んでおり、コシヒカリに対して風雨による倒伏が無く、食味が変わらないほか、繁茂しないために病害虫防除がしやすい、コンバインによる収穫が容易、中山間地に適しているなどの利点も報告され、かなりの好成績(単収660 kg/10a)を挙げています。また、平成16年には台風直撃の徳島県で「ヒカリ新世紀」が倒伏せずに高収量をあげたことが「台風に強い米の新品種の開発」としてNHK で報道され、平成17年の台風14号、18年の台風13号でも全国的に倒伏しなかったことから、コシヒカリに替わる風雨に強く作りやすい短稈改良種として多数の生産者から期待を寄せられています。平成19年度の作付けは600ヘクタールの見込みであり、岡山県と鳥取県では産地品種銘柄米になりました(平成19年3月28日農林水産省告示)。

 さらに、平成17年以降、宮城県から熊本県にかけて18府県において「ヒカリ新世紀」の奨励品種決定試験が行われており、新潟県農業総合研究所、千葉県農業総合研究センターをはじめとする品種比較試験では、「ヒカリ新世紀」の食味、品質は「コシヒカリ」と同質と評価されました。平成18年春の日本育種学会において初の短稈コシヒカリ型品種の開発として学会本部から記者発表され、全国紙で報道されました。

 以下に品種育成の概要と特性を記します。

【ヒカリ新世紀の育成】

 1985年に関東79号と十石(短稈遺伝子sd1を持つ)を交雑し、その雑種第4世代で出穂期などの遺伝的性質の大部分がコシヒカリに近い短稈系統(短稈遺伝子ホモ接合体)を系統選抜しました。さらに、この短稈系統を一回親にして、コシヒカリを反復親とする連続8回の戻し交雑育種を1990年から2000年にかけて行い、短稈遺伝子以外の遺伝子を全てコシヒカリに入れ替えました。各戻し交雑の第1世代(BCnF1)でやや短稈(短稈遺伝子ヘテロ接合体)の個体を選抜し、BC1F1 にはコシヒカリを母親にして交雑し、BC2F1にはコシヒカリを父親にして交雑しました。BC3以降はコシヒカリを母親にして戻し交雑し、BC8F2世代以降に短稈遺伝子ホモ接合体を固定して育成を完了しました。農林水産省において2002年に「ヒカリ新世紀」として命名登録され、2004年に品種登録されました。

 このようにして育成開始から19年の歳月を経て誕生した新品種「ヒカリ新世紀」は短稈遺伝子sd1以外99.9%以上コシヒカリの遺伝子を受け継いでいます。

【ヒカリ新世紀の品種特性】

 「ヒカリ新世紀」の出穂期、成熟期は「コシヒカリ」と同じ“早生の早”で、稈長は「コシヒカリ」より約20センチメートル(20%) 短くて耐倒伏性は「コシヒカリ」に著しく優ります。止葉は“直立”し、「コシヒカリ」より穂数が14%増加し、玄米千粒重は「コシヒカリ」と同等であり、玄米収量は「コシヒカリ」より15%増大しました。「ヒカリ新世紀」は「コシヒカリ」より葉の幅が広くて直立していて、いつまでも緑が濃く生き生きとしています。食味は「コシヒカリ」と同じ“上の中”であり、玄米の概観品質は「コシヒカリ」並の“中”で、腹白、胴割も“極少”です。穂発芽性、脱粒性は「コシヒカリ」と同等に“難”です。白葉枯病抵抗性、カラバエ抵抗性は「コシヒカリ」並であり、葉いもち抵抗性は「コシヒカリ」よりやや強く、繁茂しないため、病害防除がしやすく、コンバインによる収穫が容易です。したがって、「ヒカリ新世紀」は寒冷地、温暖地、暖地に及ぶ「コシヒカリ」の作地全域において早期-普通期栽培により、「コシヒカリ」に匹敵する良食味米の多収穫が可能です。

 以上のように、我が国における耐倒伏性品種への期待は非常に大きいといえます。ところが、耐倒伏性の改良に有効な遺伝子はsd11種類しかなくて、品種を遺伝的に多様化するには明らかに不足しており、新しい短稈遺伝子が必要です。そこで、背丈を20%低くする新しい遺伝子d60を発見しました。これはヒカリ新世紀に導入したsd1 より耐倒伏性が強い遺伝子であり、新品種の開発に有望な遺伝子です。d60によって、葉の幅が広くなって直立して受光態勢が良くなり、光合成効率が高くなります。その結果、個体あたりの収量が10%増加します。さらに、従来の品種よりコンパクトなので密に植えることができて、肥料を増やしても倒れないため、単位面積当たりの収量が増加し、農地の減少と生産者の労力をカバーすることができます。また、食味についても、d60によりコシヒカリ同等の食味が維持されます。この新規の短稈遺伝子d60のゲノム上の位置を明らかにしてd60遺伝子本体のクローニングを進めており、d60とsd1を併せ持つ植物工場用超短稈コシヒカリをはじめd60を導入した新品種の早期開発を行っています。

 d60は倒伏被害の克服、多収と遺伝的多様化に極めて有望な遺伝子なので、耐倒伏性や植物工場用の新品種開発に活用し、生産者の労力を削減し、農地の減少を補填するとともに、農業雇用の活性化や植物工場における安定した米生産事業に役立てたいと考えています。

【品種開発者】富田因則

 Tel: 090-1010-7342, Fax: 0857-31-5351, e-mail:tomita@muses.tottori-u.ac.jp

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