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キャリアモデル
女性技術士キャリアモデル 北浦直子さん
北浦直子さん
きたうら なおこ さん
私は平成元年に高専に入学し、土木の世界に飛び込みました。当時、女子学生が多いのは建築だけで、機械、電気、土木は数年に女子学生が1人入る程度でしたが、父から「大学受験のない5年間通う高校のような学校がある」と勧められ、女子の少なさに対する不安よりも高専への興味が勝り、合格率の高かった土木科を選びました。私の学年は女子2人で、翌年から4人、8人と増え、卒業する頃にはクラスの半分が女子になっていましたので、土木を学びたい女子学生は以前から潜在的に存在し、少なくなかったのだろうと思います。土木科は公務員になる割合が高く、女性の先輩も公務員になられたので、イメージし易かったこともあり、公務員を選んで今に至ります。女性技官第1号として入省し、当時は珍しい存在でしたが、今では技官の10人に1人は女性で、当たり前の存在となっています。
独身の間は存在が珍しいだけで、男性と大差なく働き、夜遅くまで残業もしていました。「業務量が多少多くても自分が頑張って残業すれば何とかなる」とも思っていました。ただし、平成11年以前は看護師など特定の職種を除き、女性は深夜労働が禁止されていたため、空港場内で実施される22時以降の調査や工事の監督を経験することができず、男性と同じように働けないことに不満を感じていました(今は本人が免除を申し出ない限り、男性と同様に深夜の業務に従事することができます)。
しかし、結婚・出産を経て母親となった時、残業が前提の業務量や深夜の業務の存在が重荷となりました。「独身の時、何で男性と同じであることにこだわったんだろう?」と、同じ人物とは思えないぐらい意識が変わりました。
私は気持ちの切り替えが不得手で、家庭に仕事の悩みを持ち帰る様な性分で、子供が小さい時も仕事に重点をおいて過ごしてしまいました。一方、主人は「子供が小さい時は仕事をあきらめざるを得ないこともある」と、気持ちを切り替えることができる人でした。テレワークもない時代、子供の保育園の迎えをほぼ引き受けてくれ、仕事と家庭を良く両立できていたなと思います。主人は仕事と家庭の両立の大変さを人一倍知っている「イクメン」であり「イクボス」ではないでしょうか。
時は戻りませんので、私自身は過去を反省しつつ、後輩が同じような思いや悩みを抱えなくて済むように支えていくことが役目だと思います。
私は仕事も家庭も中途半端で、何をやるにも「どうせ私なんて」と気後れしていました。技術士試験も末っ子が小学生になった年に挑戦を始めたものの、勉強も長続きせず、中だるみがあり、合格したのは末っ子が中学校を卒業する年でした。「母さん9年かかったね」と言われましたが、挑戦し続けて合格できたことは大きな自信になりました。
技術士になって、以前なら気後れしていたことも「やってみよう」と前向きに思えるようになりました。また、技術士会に入り、土木分野以外の方とも話す機会ができました。思わぬところで土木と他の分野との関わりに気づかされることもあります。
社会人になり、気がつけば30年経ちました。子供が小さいうちは急な発熱や学校の行事で休むことも多く、罪悪感を持ったり仕事との両立に限界を感じたりし、何度も「もう無理」と思いました。それでも働き続けることができたのは、主人の支えと、「子供が小さいうちは仕方ないよ」とフォローして下さった職場の先輩方のお陰です。今では子供達も社会人となり、互いの仕事の悩みなどを話すこともあり、働き続けて良かったと実感しています。先輩方に直接恩返しをすることは叶いませんが、子育て中の後輩が安心して働き続けることができるようフォローすることも恩返しかなと思っています。
これからも、技術サロンで技術者を目指す女子学生と話したり、理科教室で女性の技術者の存在を知ってもらったり、(私が勝手に思う)恩返しの幅を少しずつ広げていきたいです。
※注:記事は2025年7月現在のものです。
■技術士部門
建設部門(港湾及び空港)
■経歴
1994年 運輸省(現・国土交通省中国地方整備局)入省
1998〜2003年 三人の子の産休と育休
2017年 技術士(建設部門)取得
■趣味
食べること
北浦という地名のところへ行くこと(高知・愛媛・岡山・香川・大阪・大分など)
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