DEI委員会のホーム
主な活動
鼎談「なぜ今、DEIを宣言したのか?」
「日本技術士会DEI推進宣言(以下、宣言と記す)」が2025 年4月に公表された。DEIとは、多様性(Diversity)、公平性(Equity)及び包摂性(Inclusion)を指す。日本技術士会(以下、本会と記す)は、「多様・多彩な技術者、技術をつなぐプラットフォームとして、誰もが能力を発揮し、誰もがその人らしく生きられる社会の実現に貢献」することを目指し、今後、各組織及び各会員が基本方針「3つのシンカ(1.意識の深化、2.仕組みの進化、3.社会貢献で真価)」に沿って計画・実践の段階に入る。これに伴い、男女共同参画推進委員会(以下、男女委員会と記す)は 2025 年7 月に DEI 委員会へと改称して再設置され、本会の「シンカ(進化)」の第一歩となった。
こうした中、日本における D&I/DE&I 推進の草分け的存在である(株)クオリア代表取締役の荒金氏との DEI 鼎談の機会をいただくことができた。荒金氏は、アンコンシャス・バイアス対策や心理的安全性の醸成などを通じて、「多様性を受け入れ活かし、その可能性を広げる」活動を行っている。これらの取り組みは、本会にとどまらず、技術者や企業にとっても多くのヒントや示唆を与えるものであった。黒ア会長および飯島 DEI 委員長との鼎談を通して、DEI に関する業界や関連学会の取り組み、本会ならではの DEI へのアプローチ、未来に向けた新たな着眼点などを紹介する。
登壇者
株式会社クオリア代表取締役 荒金 雅子氏
日本技術士会会長 黒崎 靖介
日本技術士会 DEI 委員会委員長 飯島 玲子
司会進行
日本技術士会 DEI 委員会広報小委員会小委員長 前澤 峰雪
【黒崎】 本日はよろしくお願いします。本会は今年 4 月にDEI 推進宣言を発表しました。本会会員の女性の割合は 2.7%であり、現状は男性中心の構造です。しかし、今後人口減少が進む中で、日本が科学技術国として発展するためには、女性技術者を増やすことで、技術士会会員の母数を拡大する必要があると考えています。DEI 推進を宣言することで、技術者数の増加につながることを期待しています。
【飯島】 宣言を策定する前は、男女共同参画推進委員会として活動を実施してきました。具体的には、技術士のキャリアモデル集や技術士 Q&A 集の発刊、技術者・技術士を目指す女性の懇話会である技術サロンや DEIフォーラムの開催、さらに女子中高生向けのイベントなどで技術士への理解を醸成する活動を行っています。これらの地道な活動の実績により、技術士会の会員の声が変わってきたと感じています。
今回、宣言の策定に当たっては、本会の会員を対象としたパブリックコメントでは、700 件以上の意見がありました。半数以上が賛成や応援の意見であったものの、一部、懐疑的な意見もありました。また、私たちも「技術士は物や技術を対象にしているが、多様性は必要なのか」と改めて考える必要性を感じました。
【荒金】 「技術士が対象としているのは技術や物であり、あえて DEI を推進する必要があるのか」という問いについては、技術士が行っている仕事のエンドユーザーは誰か?何のために行うか?を考えると見えてくるのではないでしょうか。人のためにその技術を活かして社会を良くしていくという目的が根底にあると思います。そうであれば、これだけ社会が多様化している中で、技術士だけが多様性に目を向けないとなれば、さまざまなズレが生じてしまうことになると思います。技術士の女性を増やしていくことも重要ですが、コグニティブ・ダイバーシティ(認知的多様性)、つまり人の内面にあるさまざまな価値観やアイデア、思考、考え方の多様性が非常に重要です。技術士の多様な力を増やし、広く社会の役に立つことこそが DEI 推進の目的であると思います。最近、多くの企業が多様性を取り入れ、ジェンダード・イノベーションやインクルーシブ・デザインなど技術革新を進めています。例えば、ある自動車メーカーでは、かつて車の衝突事故の実験に成人男性のダミー人形を使用していました。しかし近年では、妊婦のバーチャルダミーを用いて、シートベルトやエアバッグが胎児に与える影響も含めた安全性の検証を行っています。これにより、より安全性の高い車の提供が可能になりました。技術士の皆さん自身が自分の中に多様性を取り入れていけば、もっと柔軟な思考を持って考え、自身の成長や、自身のフィールドでの貢献ができるようになると思います。
【飯島】 iPS 細胞を発見した山中先生の話になりますが、植物学の専門家から「植物の細胞は何にでもなれるんだよ」と勇気づけられ、それが最終的に研究成果につながったとのこと。医学の専門家だけで話していたら、そこには行きつけなかったかもしれません。
また、オーケストラの世界でも、小澤征爾さんが「全く違う音色の楽器で、個性も様々な人が一緒に演奏することは非常に難しいが、それが一つにまとまったとき素晴らしい音になる」と話されており、DEI とは実はいろんな場面で実践されていることに気づかされました。
情報処理学会(女性会員比率12.2%)では、2014 年に女性理事枠の規定がつくられ、現在、理事のうち 40% が女性です。女性増加に伴って若手も増えた結果、理事会の議論が活発化し、本質的な議論を行うことができるようになったそうです。学協会で多様性によって生じる効果を実感できた例といえます。
【荒金】 日本のジェンダーギャップ指数が世界的にも低いことはご存じだと思いますが、2019年当時、日本は121位、UAE(アラブ首長国連邦)は120位とほぼ同じ水準でした。しかし2025年になると日本は118位、UAEは69位と大きく差が開いています。UAEはなぜこれほど急激に変われたのか。UAEは人口約1000万人のうち約9割が外国人であり世界中から優秀な人材を集める必要がありました。女性活躍推進を国際競争力強化の一環と位置づけ、女性の労働市場参画や未来産業への登用を強力に推し進めてきたのです。また、石油依存から脱却し、カーボンニュートラルに向けた多様な産業構築を目指す中で、多様性を重視し、幅広い意見を受け入れて新しいアイデアを生み出そうとする姿勢も後押ししています。国によって文化や歴史的背景など状況は異なりますが、ジェンダー平等に向けた取り組みは世界共通の課題です。G7の中でも唯一日本だけが進んでいないという状況を見ると、「ただ一人取り残されていく国、日本」という気がしてなりません。
【飯島】 東京弁護士会では、クオータ制を導入して役員の女性割合を高めています。関係する方から、もし要職に就くのに何らかの役割を何年間かするという暗黙のルール(いわゆる「雑巾がけ」)がある場合、子育てと仕事と合わせ長期の活動をするのは至難の技とお聞きしました。この下積みを重視する文化は、女性が要職に就く機会を失わせるだけでなく、若手がいつまでも活躍できない要因ともなり得ます。ベテラン男性が多くを占める組織だと気づきにくい点です。
ほかの例ですが、技術士の氏名の変更手数料は初回登録の手数料と同額です。結婚や離婚で戸籍名を変更するのはほぼ女性のため、変更手続きの手数料について問題意識を持ちます。男性がこうした制度の隙間の問題に気づくのは困難だったのだと思います。
仕組みを変えることは大変なことですが、多様な目で見て、隙間にある課題を一つひとつ解決することが必要です。
【飯島】 ダイバーシティはリスク管理の観点からも必要です。マシュー・サイド氏は著書「多様性の科学」で、CIA が米国の同時多発テロを防げなかった要因の1つに、組織構成員の画一性を挙げています。どのような組織でも、異なる経験や価値観を持つメンバーがいると、さまざまな角度からリスクを分析できるため、ミスや事故、法令違反などの潜在的リスクを発見しやすくなり、「あそこが足りなかった」という後悔を減らせるのではと思います。
【黒崎】 多様性がイノベーションを生み出す効果がある一方で、技術者が今まで求められてきたこととのギャップが大きいため、どのように進めるかが課題です。産業革命以来、科学技術は効率性、均質性の追求を至上命題として発展してきました。イノベーション、新しい発想といった意味合いで多様性による生産性向上が論じられることが多いですが、一方で産業革命以来の効率性、均質性の追求による生産性の向上も必要です。これまでブレをなくすことや均質さを追求してきた技術者にとって、個々人に多様性を求めるのか、あるいはチームや組織として多様性を確保するのか、議論が必要でしょう。
【荒金】 私は、組織と個人はフラクタル(全体と一部分が相似な形を持つ図形や構造)だと思っています。
組織文化やあり方は、個人一人ひとりの意識と行動の積み重ねによって形づくられます。多様性を尊重する組織を目指すなら、まずは私たち自身が多様性について正しく理解し、それを排除しない姿勢を持つことが欠かせません。
...とはいえ、「自分が多様性を受け入れている」と言い切るのは簡単ではありません。私自身も、無意識のうちに偏った考え方をしたり、相手を決めつけてしまうことがあります。
大切なのは、他者と意見が一致することではなく、異なる考えを持つ人とどう向き合い対話を重ね協働していくかです。制度や仕組みだけでは多様性は根づきません。「会社が言っていることだから」「あの部署だけの話だ」といった受け身の姿勢では、真の変化は起こりません。
個人が自分なりに多様性とどう向き合うかを考え、実践することが、組織全体の変化につながるのです。
【黒崎】 私は建設コンサルタントに勤めていますが、同じような背景や育ち方のメンバーは同じような発想になる。今回の鼎談を通じて、そうではない人をどうやって見つけて仲間に取り込んでいくかを考えていくことが必要だと思いました。
今回のディスカッションを通じて、組織そのもののあり方において、例えば、異質なものを受け入れないなどどこかに明らかなバリアがあるのであれば、それは取り除く活動を行っていく必要があります。
【飯島】 クオータ制は劇薬であり、非常に効果があります。先ほど申し上げた学会の例も、その劇薬を使ったからこその変革が起きました。先駆者は、インフラ(環境)整備が先などと言っていると「百年河清を待つ」ことになると警鐘を鳴らしています。自然的な変化に任せていては変わりません。対話を重ねながら、日本の科学技術の発展の最終的な目的に向けて、DEI推進活動を行いたいと思います。
【荒金】 何かをやろうとしたときに、数値目標と期限、定性的、定量的な割合などを設定することが非常に重要です。20年以上、さまざまな企業を手伝ってきましたが、この数値目標や期限がない会社は実現できていません。今回、この鼎談に臨むに当たって、生成 AI に技術士と DEI、コミュニティについて質問してみました。その結果、技術士は技術の番人であると同時に社会の鏡であるとの回答が得られ、DEI とコミュニティには、技術の未来をより豊かで持続可能なものにするために不可欠であるとの答えが返ってきました。
実は、10 年以上前に、NPO法人が主催するフューチャーセッション(自分たちが起こしたい未来に向けて、今何ができるかを対話によって一人ひとりでアクションを考える行動)を体験したことがあります。それは、認知症者が社会で自由に生活できるように支援方法を検討するものでした。その時、福祉関係者は 2 割以下で、その他の参加者は自動車メーカー、文具メーカー、IT 企業、鉄道などさまざまな業種、業界の人々で、活発な議論が行われました。例えば、文具メーカーの参加者は認知症の人が使いやすい文具について意見を出されていました。さまざまな人たちが出会い、一つのテーマについて話し合うことで、より新しいアイデアが生まれたり、技術を理解したりすることができると思います。その対話の場をしっかりと設計し、提供することで、180°大きく変化することはないにしても、15°自分の見ている角度を広げられ、見えなかったものが見えてきます。
DEI 宣言の言葉に対してアンテナを立てて意識的になること、視野を 15°広げることで、社会貢献や多様な技術による社会課題解決に向けて、DEI のシンカを図ることが重要であると思うので、そこに向けて具体的なアクションを続けていただきたいです。
【前澤】 今回の鼎談では多くの学びがありました。DEI の推進においては、実践となると、本会でも総論賛成・各論反対の場面は生じると思います。しかし、本会ならではともいえる「多様な分野の技術者がいること」のメリットを活かし、対話の場を設計し、そこから技術士一人ひとりが 視野を 15 °広げられれば、DEI は必ず推進すると思います。そして、それによりコグニティブ・ダイバーシティ、そのための属性の多様性を充実させ、盲点を少なくすることがとても大切だといえます。
原稿:DEI委員会広報小委員会委員 柵木 環
・日時:2025 年 8 月 25 日(月)13:00〜14:00
・方法:対面
・場所:機械振興会館 211 会議室
・主催:公益社団法人 日本技術士会 DEI 委員会
・テーマ:日本技術士会 DEI 推進宣言の実践に向けた取り組み
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