男女共同参画推進委員会のホーム世界の国々から女と男の描かれ方
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江藤 双恵さん
獨協大学など非常勤講師
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バンコクで最も有名な女のピー(悪霊)を紹介したい。マハープット寺に祀られる「ナーン・ナーク」(ナーク夫人)である。夫のマークが戦場に行って不在の間に死産したが、幽霊になってなお夫を待ち続けた。戦場から戻った夫と赤ん坊(これもピー)との幸せな生活を邪魔する人々は次々と亡くなる。バンコク王朝初期の実話にもとづいているといわれ、何度も映画化されているが、恐ろしさばかりが強調されてハチャメチャな作品が多かったようだ。1999年にはノンスィ・ニミプット監督によって、時代考証をしっかりした作品ができあがった。死しても夫への愛を貫く感動ラブストーリーとして、当時の映画ファンの間ではタイタニックを超える人気をはくしたという。
タイは仏教国であるといわれているが、ピー信仰あってのタイ仏教である。人智を超えた災厄がピーによって表象され、それらを封じ込めるために仏教が導入されたと考えるとわかりやすい。ピーの中でも最も恐ろしいと考えられてきたのがピー・プライ、すなわち死産した女の霊である。まさに命がけのお産への畏敬の念が表れている。ノンスィ監督の「ナンナーク」の中では、ナークは地域の人々の生活の安寧を脅かす存在として忌み嫌われる。在地の僧にも呪術師にも退治できなかったナークの霊は高僧によって折伏され、その霊力は王室に縁ある人のもとにわたる。伝統に即した予定調和的なその筋書きが人気を集めた理由がよくわかる。
2014年になって、「ナンナーク」のパロディともいえる「ピー・マーク・プラカノン」(邦題は「愛しのゴースト」)が製作された。コメディ的な要素も多く、興行成績は歴代1位となった。前作との違いで特に目立つのは、ナークの夫のキャラクターと物語の結末である。ノンスィ作では「マッチョな男」であった夫は、新作ではアイドル演じる「かわいらしく、優しく少々トボケた男の子」である。この夫は、前作では周囲に説得されてナークと永遠の別れを遂げる。しかし、新作では彼女が悪霊であることを厭わず愛を貫こうとする。
15年間のこの変化は、「男らしさ」の解釈だけでなくタイ社会の変化を反映している。階層間の対立や政治的混乱を解決するのに、もはや仏教の力には頼れない。社会保障が充実しないまま急スピードで高齢社会の到来が見込まれる。そんななか、女も男も、はたまた「悪霊ピー」(つまり、さまざまな局面での異分子)でさえも、違いを強調したり排除したりせずに、みんなで手を携えて助け合っていこうという人々の願いに呼応するストーリーが新作では仕掛けられているのである。
(原稿受理日:2015.9.3)
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